大人がフォニックスをやる意味はあるか|射程と、先にやるべきこと

記事の執筆者 メイソン(株式会社The Past 代表 / 椿祐輔)

VERSANT満点(90点)、CEFR C2レベルの英語力を有する。フィリピンの語学学校で10年以上にわたりカリキュラムと教材開発に従事し、述べ5,000人以上の多国籍な英語学習者(日本、中国、台湾、ベトナム、ロシア等)の学習をサポート。言語学と音声学に精通しており、現在は株式会社The Pastの代表取締役、カリキュラム開発者として、グローバルな英語教育を推進している。

「発音を直したいなら、フォニックスから」と勧められることがあります。子供向けの教材が多い一方で、大人向けのフォニックス本も並んでいます。

一方で、実際に取り組んだ人からはこういう声も出ます。「一通りやったが、発音が通じるようにはならなかった」。

どちらも本当です。フォニックスが無意味なのではありません。フォニックスが解く問題と、日本語話者の大人が抱えている問題が、別物なだけです。

この記事では、フォニックスが誰の、どの問題を解くために作られた方法なのかを整理し、大人の学習者にとっての射程と、先にやるべきことを示します。

結論:フォニックスは「読むための道具」であり、発音を作る道具ではない

先に結論です。

フォニックスは、綴りを見て音を割り出す方法です。英語圏の子供が、すでに話せる言葉を、文字から読めるようにするために設計されています。

ここが決定的です。英語圏の子供は、フォニックスを始める時点でcat の音を正しく発音できます。日常会話で使っているからです。彼らに欠けているのは、c-a-t という文字列がその音に対応すると知ることだけです。

日本語話者の大人は、出発点が逆です。cat という綴りは読めますが、/kæt/ の音が作れません。/æ/ が日本語に無い音だからです。

英語圏の子供と日本語話者の大人で出発点が逆になっていることを対比した図

フォニックスは「この綴りはこの音」と教えます。しかし「その音をどう作るか」は教えません。子供にはその必要がないからです。日本語話者の大人にとって、必要なのはまさにそこです。

日本語話者の大人が抱えている課題は3つ

発音が通じない原因を分解すると、次の3つになります。フォニックスの射程に入るものを確認してください。

課題 内容 フォニックスの射程
① 音素を作れない /æ/ /r/ /θ/ など、日本語に無い音を口で作れない 射程外
② 音声変化が処理できない 語と語がつながる・音が落ちる(want towanna 射程外
③ 強勢とリズムが日本語型 音節を等間隔に読み、強弱の差がつかない 一部のみ

3つのうち、フォニックスで解けるものはありません。③に部分的に関わる程度です。

理由は単純です。フォニックスは単語単位で、文字と音の対応を扱う方法だからです。①は口の動かし方(調音)の問題、②は文の中での音の変形の問題で、どちらも単語の綴りの外側にあります。

音が通じない原因の切り分けは英語の発音が通じない理由、音声変化の仕組みは英語の音声変化で扱っています。

「フォニックスをやったのに通じない」が起きる構造

ここで、多くの人が経験するずれを説明します。

大人向けのフォニックス教材には、音素の発音練習が含まれていることがあります。/æ/ は口を横に開いて」といった説明です。

これはフォニックスではなく、調音の指導です。フォニックス(綴りと音の対応)に、発音指導が付随して収録されているだけです。

そのため、次のことが起きます。

  1. 教材を通しでやる
  2. 綴りと音の対応は覚えられる
  3. 発音指導のパートは分量が少なく、音を作る練習にはならない
  4. 「フォニックスをやったのに通じない」となる

やったのは対応の学習で、必要だったのは調音の練習です。教材の中で両方が混ざっているため、この取り違えは自覚しにくい。

それでも大人にフォニックスが効く3つの用途

射程が違う、というのは「不要」という意味ではありません。目的を合わせれば有効です。

① 初見の単語の読みを立てられる

prerequisite thoroughly entrepreneur のような語を、辞書を引かずにおおよそ読めるようになります。

これは実務で効きます。会議資料に出てきた語を、その場で口に出せるかどうかが変わります。読めない語は、話すときに避けてしまうためです。

② スペリングが安定する

音から綴りを立てる方向にも働きます。英文メールを手で打つ場面で、綴りの候補を絞れるようになります。

③ 綴りに引きずられた読みに気づける

日本語話者の発音の崩れの多くは、綴りをローマ字として読んでいることに由来します。

  • climbb を読んでしまう
  • signg を読んでしまう
  • singer/g/ を入れてしまう

フォニックスは「この文字は読まない」という規則も扱います。綴りと音がずれる場面を知っていること自体が、防御になります。

この崩れ方の全体像はカタカナ英語の直し方にまとめています。

ただし、規則から外れる語が相当数ある

英語の綴りは、規則で全部は説明できません。特に高頻度語ほど例外が多いという性質があります。

the / said / one / was / come / love / does / are / who

いずれも日常的に使う語で、いずれも素直な規則では読めません。規則を覚えるほど、例外の存在が効いてきます。

「フォニックスをやれば辞書がいらなくなる」という期待は、ここで裏切られます。規則は目安であって、確認は別に必要です。

先にやるべきこと|順番を決める

大人が発音を直す順番の4ステップ。発音記号・音素の調音・音声変化・フォニックスの順

大人の学習者にとって、順番はこうなります。

第1|発音記号を読めるようにする

フォニックスより先です。理由は、フォニックスが「音」に到達したあとの話だからです。

a/æ/ と読む、と学んでも、/æ/ が作れなければ止まります。発音記号は、音の作り方を指定した記号です。先にこちらを読めるようにすると、フォニックスで得た「音」を実際に口で作れます。

記号の読み方は英語の発音記号の読み方にまとめました。記号を「音の名前」ではなく「口の動きの指示書」として読む手順です。

第2|日本語に無い音を、口で作れるようにする

優先すべきは、日本語に存在しない区別です。

  • /r//l/(日本語では1つの音)
  • /æ/ /ʌ/ /ɑː/(日本語では全部「ア」)
  • /θ/ /ð/(日本語に無い調音)
  • /ə/(強勢の無い音節で現れる。最も頻度が高い)

44の音素を1つずつ確認できる英語の44音素と、練習手順をまとめた英語発音の練習法を使ってください。

第3|文の中での音の変形を扱う

単語が正しく発音できても、文になると崩れます。連結・脱落・同化が起きるためです。ここは単語単位の学習では手が届きません。

第4(並行可)|フォニックスを、読みとスペリングの目的で使う

ここまで来てから、あるいは並行して、フォニックスを「初見の語を読む道具」「スペリングの道具」として使います。発音を直す目的では使いません。

目的をこう限定すると、フォニックスは素直に役に立ちます。

記事内トレーニング|綴りから読みを立てて、記号で確認する(3分)

次の3語について、まず綴りから読みを推測し、そのあと発音記号で答え合わせをしてください。

① comfortable ② vegetable ③ chocolate

推測してから、下を読んでください。

解答

3語とも、綴りから予想する音節数より、実際は少なく発音されます。

  • comfortable — 綴りは com-fort-a-ble の4音節に見えますが、実際は3音節で発音されることが多い語です
  • vegetableveg-e-ta-ble の4音節に見えますが、こちらも3音節です
  • chocolatechoc-o-late の3音節に見えますが、2音節です

いずれも、強勢の無い母音が落ちているためです。

ここが要点です。この脱落は、フォニックスの規則からは導けません。「この綴りはこの音」という対応では説明できず、強勢がどこにあるかによって決まる現象だからです。

強勢の位置は、発音記号を見れば分かります。綴りを見ている限り分かりません。フォニックスの射程と、記号の射程の違いが、最もはっきり出る例です。

まとめ

大人がフォニックスをやる意味はあるか。目的を限定すれば、あります。

  • フォニックスは、すでに話せる子供が「読めるようになる」ための方法である
  • 日本語話者の大人は出発点が逆で、読めるが音が作れない
  • 大人の課題3つ(音素・音声変化・リズム)のうち、フォニックスで解けるものはない
  • 大人に効く用途は3つ:初見の語を読む/スペリング/綴りに引きずられた読みに気づく
  • 順番は、発音記号 → 音素の調音 → 音声変化 → フォニックス(読みとスペリング目的)

「フォニックスをやったのに通じない」のは、努力不足ではありません。解こうとしている問題と、道具が合っていなかっただけです。道具を目的に合わせれば、どちらも使えます。

自分に必要なのがどの工程か、判定したい方へ

順番を示しましたが、全員が第1から始める必要はありません。すでに音素を作れている人が発音記号から始めるのは遠回りです。

問題は、自分がどこまでできているかを自分では判定できないことです。日本語話者の耳は日本語の音のカテゴリで音を分類するため、/æ//ʌ/ を出し分けたつもりでも、自分の耳では同じに聞こえます。できていないことに気づけない構造があります。

The Past の無料eBook『シャドーイングを今すぐ捨てよ』(LINE登録)では、英語力を能力単位に分解し、効かない練習に時間を使わないための考え方を構造で解説しています。練習の順序を決める前提として使ってください。

無料eBook『シャドーイングを今すぐ捨てよ』を受け取る

FAQ

Q. フォニックスと発音記号は、どちらを先にやるべきですか?

A. 発音記号が先です。フォニックスは「綴り→音」の対応を教えますが、その音の作り方は教えません。記号は音の作り方を指定しているため、記号を先に読めるようにすると、フォニックスで得た音を実際に口で作れます。

Q. 大人向けのフォニックス教材なら、発音も直りますか?

A. 教材によります。大人向け教材には発音指導が併録されていることが多いためです。ただしそれは「フォニックスが発音を直している」のではなく、別の指導が同じ本に入っているだけです。買うときは、調音(口の動かし方)の説明にどれだけの分量が割かれているかを見てください。

Q. 子供に英語を習わせるなら、フォニックスは有効ですか?

A. 本記事は成人学習者を対象にしています。子供の場合、英語の音に触れている量によって前提が変わるため、判断が別になります。日本語環境で育つ子供は英語圏の子供と出発点が違うため、同じ効果を期待するのは難しいという点だけ補足しておきます。

Q. フォニックスを飛ばして、いきなり発音練習をしてもよいですか?

A. 問題ありません。発音(音を作る)とフォニックス(綴りと音の対応)は別の技能です。発音が目的なら、フォニックスは必須ではありません。初見の語を読む必要が出てきたときに、あとから足せます。

Q. どのくらいの期間でフォニックスは終わりますか?

A. 大人であれば、規則の理解自体は短期間で終わります。時間がかかるのは、例外語を実際に読む中で覚えていく工程です。ただし、この記事の順番でいえば、時間を優先的に配分すべきは第1〜第3であり、フォニックスではありません。

参考情報

  • フォニックスは、英語を母語とする児童の読字指導法として発展した方法であり、話し言葉をすでに獲得している学習者を前提としています
  • 発音記号から音を作る手順は 英語の発音記号の読み方 を参照
  • 単語の覚え方全般は 英単語の覚え方 にまとめています