大人がフォニックスをやる意味はあるか|射程と、先にやるべきこと
「発音を直したいなら、フォニックスから」と勧められることがあります。子供向けの教材が多い一方で、大人向けのフォニックス本も並んでいます。
一方で、実際に取り組んだ人からはこういう声も出ます。「一通りやったが、発音が通じるようにはならなかった」。
どちらも本当です。フォニックスが無意味なのではありません。フォニックスが解く問題と、日本語話者の大人が抱えている問題が、別物なだけです。
この記事では、フォニックスが誰の、どの問題を解くために作られた方法なのかを整理し、大人の学習者にとっての射程と、先にやるべきことを示します。
結論:フォニックスは「読むための道具」であり、発音を作る道具ではない
先に結論です。
フォニックスは、綴りを見て音を割り出す方法です。英語圏の子供が、すでに話せる言葉を、文字から読めるようにするために設計されています。
ここが決定的です。英語圏の子供は、フォニックスを始める時点でcat の音を正しく発音できます。日常会話で使っているからです。彼らに欠けているのは、c-a-t という文字列がその音に対応すると知ることだけです。
日本語話者の大人は、出発点が逆です。cat という綴りは読めますが、/kæt/ の音が作れません。/æ/ が日本語に無い音だからです。

フォニックスは「この綴りはこの音」と教えます。しかし「その音をどう作るか」は教えません。子供にはその必要がないからです。日本語話者の大人にとって、必要なのはまさにそこです。
日本語話者の大人が抱えている課題は3つ
発音が通じない原因を分解すると、次の3つになります。フォニックスの射程に入るものを確認してください。
| 課題 | 内容 | フォニックスの射程 |
|---|---|---|
| ① 音素を作れない | /æ/ /r/ /θ/ など、日本語に無い音を口で作れない |
射程外 |
| ② 音声変化が処理できない | 語と語がつながる・音が落ちる(want to → wanna) |
射程外 |
| ③ 強勢とリズムが日本語型 | 音節を等間隔に読み、強弱の差がつかない | 一部のみ |
3つのうち、フォニックスで解けるものはありません。③に部分的に関わる程度です。
理由は単純です。フォニックスは単語単位で、文字と音の対応を扱う方法だからです。①は口の動かし方(調音)の問題、②は文の中での音の変形の問題で、どちらも単語の綴りの外側にあります。
音が通じない原因の切り分けは英語の発音が通じない理由、音声変化の仕組みは英語の音声変化で扱っています。
「フォニックスをやったのに通じない」が起きる構造
ここで、多くの人が経験するずれを説明します。
大人向けのフォニックス教材には、音素の発音練習が含まれていることがあります。「/æ/ は口を横に開いて」といった説明です。
これはフォニックスではなく、調音の指導です。フォニックス(綴りと音の対応)に、発音指導が付随して収録されているだけです。
そのため、次のことが起きます。
- 教材を通しでやる
- 綴りと音の対応は覚えられる
- 発音指導のパートは分量が少なく、音を作る練習にはならない
- 「フォニックスをやったのに通じない」となる
やったのは対応の学習で、必要だったのは調音の練習です。教材の中で両方が混ざっているため、この取り違えは自覚しにくい。
それでも大人にフォニックスが効く3つの用途
射程が違う、というのは「不要」という意味ではありません。目的を合わせれば有効です。
① 初見の単語の読みを立てられる
prerequisite thoroughly entrepreneur のような語を、辞書を引かずにおおよそ読めるようになります。
これは実務で効きます。会議資料に出てきた語を、その場で口に出せるかどうかが変わります。読めない語は、話すときに避けてしまうためです。
② スペリングが安定する
音から綴りを立てる方向にも働きます。英文メールを手で打つ場面で、綴りの候補を絞れるようになります。
③ 綴りに引きずられた読みに気づける
日本語話者の発音の崩れの多くは、綴りをローマ字として読んでいることに由来します。
climbのbを読んでしまうsignのgを読んでしまうsingerに/g/を入れてしまう
フォニックスは「この文字は読まない」という規則も扱います。綴りと音がずれる場面を知っていること自体が、防御になります。
この崩れ方の全体像はカタカナ英語の直し方にまとめています。
ただし、規則から外れる語が相当数ある
英語の綴りは、規則で全部は説明できません。特に高頻度語ほど例外が多いという性質があります。
いずれも日常的に使う語で、いずれも素直な規則では読めません。規則を覚えるほど、例外の存在が効いてきます。
「フォニックスをやれば辞書がいらなくなる」という期待は、ここで裏切られます。規則は目安であって、確認は別に必要です。
先にやるべきこと|順番を決める

大人の学習者にとって、順番はこうなります。
第1|発音記号を読めるようにする
フォニックスより先です。理由は、フォニックスが「音」に到達したあとの話だからです。
a は /æ/ と読む、と学んでも、/æ/ が作れなければ止まります。発音記号は、音の作り方を指定した記号です。先にこちらを読めるようにすると、フォニックスで得た「音」を実際に口で作れます。
記号の読み方は英語の発音記号の読み方にまとめました。記号を「音の名前」ではなく「口の動きの指示書」として読む手順です。
第2|日本語に無い音を、口で作れるようにする
優先すべきは、日本語に存在しない区別です。
/r/と/l/(日本語では1つの音)/æ//ʌ//ɑː/(日本語では全部「ア」)/θ//ð/(日本語に無い調音)/ə/(強勢の無い音節で現れる。最も頻度が高い)
44の音素を1つずつ確認できる英語の44音素と、練習手順をまとめた英語発音の練習法を使ってください。
第3|文の中での音の変形を扱う
単語が正しく発音できても、文になると崩れます。連結・脱落・同化が起きるためです。ここは単語単位の学習では手が届きません。
第4(並行可)|フォニックスを、読みとスペリングの目的で使う
ここまで来てから、あるいは並行して、フォニックスを「初見の語を読む道具」「スペリングの道具」として使います。発音を直す目的では使いません。
目的をこう限定すると、フォニックスは素直に役に立ちます。
記事内トレーニング|綴りから読みを立てて、記号で確認する(3分)
次の3語について、まず綴りから読みを推測し、そのあと発音記号で答え合わせをしてください。
推測してから、下を読んでください。
解答
3語とも、綴りから予想する音節数より、実際は少なく発音されます。
comfortable— 綴りはcom-fort-a-bleの4音節に見えますが、実際は3音節で発音されることが多い語ですvegetable—veg-e-ta-bleの4音節に見えますが、こちらも3音節ですchocolate—choc-o-lateの3音節に見えますが、2音節です
いずれも、強勢の無い母音が落ちているためです。
ここが要点です。この脱落は、フォニックスの規則からは導けません。「この綴りはこの音」という対応では説明できず、強勢がどこにあるかによって決まる現象だからです。
強勢の位置は、発音記号を見れば分かります。綴りを見ている限り分かりません。フォニックスの射程と、記号の射程の違いが、最もはっきり出る例です。
まとめ
大人がフォニックスをやる意味はあるか。目的を限定すれば、あります。
- フォニックスは、すでに話せる子供が「読めるようになる」ための方法である
- 日本語話者の大人は出発点が逆で、読めるが音が作れない
- 大人の課題3つ(音素・音声変化・リズム)のうち、フォニックスで解けるものはない
- 大人に効く用途は3つ:初見の語を読む/スペリング/綴りに引きずられた読みに気づく
- 順番は、発音記号 → 音素の調音 → 音声変化 → フォニックス(読みとスペリング目的)
「フォニックスをやったのに通じない」のは、努力不足ではありません。解こうとしている問題と、道具が合っていなかっただけです。道具を目的に合わせれば、どちらも使えます。
自分に必要なのがどの工程か、判定したい方へ
順番を示しましたが、全員が第1から始める必要はありません。すでに音素を作れている人が発音記号から始めるのは遠回りです。
問題は、自分がどこまでできているかを自分では判定できないことです。日本語話者の耳は日本語の音のカテゴリで音を分類するため、/æ/ と /ʌ/ を出し分けたつもりでも、自分の耳では同じに聞こえます。できていないことに気づけない構造があります。
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FAQ
Q. フォニックスと発音記号は、どちらを先にやるべきですか?
A. 発音記号が先です。フォニックスは「綴り→音」の対応を教えますが、その音の作り方は教えません。記号は音の作り方を指定しているため、記号を先に読めるようにすると、フォニックスで得た音を実際に口で作れます。
Q. 大人向けのフォニックス教材なら、発音も直りますか?
A. 教材によります。大人向け教材には発音指導が併録されていることが多いためです。ただしそれは「フォニックスが発音を直している」のではなく、別の指導が同じ本に入っているだけです。買うときは、調音(口の動かし方)の説明にどれだけの分量が割かれているかを見てください。
Q. 子供に英語を習わせるなら、フォニックスは有効ですか?
A. 本記事は成人学習者を対象にしています。子供の場合、英語の音に触れている量によって前提が変わるため、判断が別になります。日本語環境で育つ子供は英語圏の子供と出発点が違うため、同じ効果を期待するのは難しいという点だけ補足しておきます。
Q. フォニックスを飛ばして、いきなり発音練習をしてもよいですか?
A. 問題ありません。発音(音を作る)とフォニックス(綴りと音の対応)は別の技能です。発音が目的なら、フォニックスは必須ではありません。初見の語を読む必要が出てきたときに、あとから足せます。
Q. どのくらいの期間でフォニックスは終わりますか?
A. 大人であれば、規則の理解自体は短期間で終わります。時間がかかるのは、例外語を実際に読む中で覚えていく工程です。ただし、この記事の順番でいえば、時間を優先的に配分すべきは第1〜第3であり、フォニックスではありません。
参考情報
- フォニックスは、英語を母語とする児童の読字指導法として発展した方法であり、話し言葉をすでに獲得している学習者を前提としています
- 発音記号から音を作る手順は 英語の発音記号の読み方 を参照
- 単語の覚え方全般は 英単語の覚え方 にまとめています