生成AIの英語翻訳はどこで間違えるか|訳文を検証する3つのチェックポイント
生成AIの英語翻訳は、もう「使えるかどうか」を議論する段階にありません。実務では使われています。
問題は、間違いに気づけないことです。返ってきた英文は流暢で、文法は正しく、読んでいて引っかかりません。引っかからないから、検証されずに社外へ出ていきます。
そして生成AIの誤訳は、単語の取り違えのような分かりやすい形では現れません。日本語と英語の構造の違いを、AIが「埋めた」ところに現れます。埋めた箇所は、英文だけを読んでも分かりません。
この記事では、誤訳がどこで発生するのかを言語構造から分解し、訳文を検証する3つのチェックポイントを示します。ツールの比較記事ではありません。どのツールを使っても、この3か所は同じように危険です。
結論:誤訳は「日本語に書いていないこと」を埋めた場所で起きる
先に結論です。
日本語と英語では、文に必ず書かなければならない情報が違います。日本語で省略できるものが、英語では省略できません。
翻訳とは、この差を埋める作業です。そして埋めるための情報は、原文には書かれていません。書かれていないものをAIは推測で埋めます。誤訳はここで起きます。
具体的には3つです。
| 日本語では | 英語では | AIが埋めるもの |
|---|---|---|
| 主語を省略できる | 主語が必須 | 誰がやるのか |
| 敬語と語尾で確信度・上下関係を示す | 対応する文法カテゴリがない | どれくらい強く言っているか |
| 単数複数・冠詞を明示しない | 明示が必須 | いくつなのか/特定のものか |

これがそのまま、検証すべき3つのチェックポイントになります。
チェックポイント①|主語は、正しい人になっているか
日本語は主語を書かない言語である
日本語は、文脈から分かる主語を落とします。言語学ではゼロ代名詞と呼ばれる現象で、日本語では例外ではなく標準です。
問題は、英語がこれを許さないことです。Will check. は英文になりません。AIは必ず誰かを主語に立てます。
同じ日本語が、こう分岐します。
I と We の違いは、実務では個人の作業か、会社の約束かの違いです。契約や見積もりのやり取りでこれが入れ替わると、責任の所在が変わります。
そして4番目のように、依頼と応諾が反転することも起こります。日本語の「ご確認ください」と「確認します」は、主語を落とすと形が近づくためです。
議事録で最も危険になる
主語の欠落が最も深刻になるのが、英語の議事録です。
会議の日本語メモは、主語をほとんど書きません。「来週までに出す」「先方と調整」「一旦保留」。これを英訳させると、AIはもっともらしい担当者を割り当てます。
さらに、議事録には決定事項と検討事項の区別があります。日本語では「〜する方向で」「〜ということで」といった語尾がこの区別を担いますが、英訳ではこれが We will ... に均されます。検討段階の話が、決定事項として英文に残ります。
議事録をAIに訳させる場合は、日本語のメモ側に主語と決定/検討の別を書いてから渡してください。訳の精度を上げるより、これが確実です。
判定方法
英訳文から主語だけを抜き出して並べます。I We You They がどう分布しているかを見て、実際の責任者と一致するかを確認します。
10行の英文なら、主語は10個です。読み返すより速く終わります。
チェックポイント②|確信度と敬意度が、変わっていないか
日本語は語尾で「どれくらい強く言っているか」を示す
日本語は、文末で確信度を細かく調整します。
- 〜です(断定)
- 〜と考えられます(分析的な推定)
- 〜かと思われます(弱い推定)
- 〜のはずです(根拠のある推定)
- 〜という認識です(相手と食い違う可能性の示唆)
英語にも might should presumably などの手段はありますが、対応は1対1ではありません。AIは訳しやすい形に寄せます。その結果、推定が断定になったり、断定が推定に弱まったりします。
原文は推定です。訳文は確定した予定になっています。この英文は、そのまま納期の約束として扱われます。
逆方向も起きます。
原文は拒否です。訳文は「難しいかもしれない」という含みになり、交渉の余地があると読まれます。
敬語は「情報」であって、丁寧さではない
日本語の敬語は、丁寧さの装飾ではありません。話し手と聞き手の関係を符号化する文法です。英語にはこのカテゴリがないため、翻訳すると情報が落ちます。
落ちた情報を、AIは kindly would please といった語で補おうとします。しかし補い方が過剰だと、元の日本語より相手を上に置いた英文になります。対等な取引先に送ると、立場を下げた文書になります。
判定方法
助動詞(will would may might should must can could)だけを拾ってください。
そして原文の語尾と1対1で照合します。原文が断定なのに may が入っていれば弱まっており、原文が推定なのに will になっていれば強まっています。
チェックポイント③|数・限定・専門用語が保存されているか

日本語は数を書かない
「資料を送ります」の「資料」は、1点かもしれず、複数かもしれません。日本語はこれを明示しません。
英語では選ばざるを得ません。
4通りのうち、AIはどれか1つを選びます。そして選んだ結果は、納品範囲の合意になります。
限定条件が消える
日本語では、限定が文中に埋もれます。
初回のみ が消えると、継続的な負担の約束になります。これは翻訳の誤りというより、日本語の情報構造上、限定語が主張から離れた位置に置かれるために起きる脱落です。
同種の脱落は 〜を除き 〜の場合に限り 原則として でも起こります。「原則として」は特に落ちます。英語で in principle と訳されると、日本語の「例外があり得る」というニュアンスとはずれた、「理論上は」という意味に読まれることもあります。
社内用語は一般語に置き換えられる
「案件」「稟議」「先方」「持ち帰り」といった語は、そのまま対応する英語がありません。AIは文脈から一般語を当てます。「案件」が project matter deal case のどれになるかは、文ごとに変わります。
同じ日本語が英文中で複数の語に訳されると、読み手は別のものだと解釈します。用語集を渡さずに長い文書を訳させると、この揺れが必ず発生します。
判定方法
原文から数字・限定語(のみ・除き・限り・原則)・社内用語を先に抜き出しておき、訳文の中で対応する語を探します。
見つからなければ、落ちています。訳文から探すのではなく、原文から探すのが手順です。訳文を読んでいると「書いてあるように見える」ためです。
逆翻訳(バックトランスレーション)は、なぜ効きにくいのか
検証方法として広く使われるのが、訳文をもう一度日本語に戻す方法です。この方法は、上の3つのうち2つを検出できません。
理由は単純です。同じAIが訳し戻すと、英文で埋めた情報を、日本語では再び省略するからです。
逆翻訳を読んでも、元の日本語と「だいたい同じ」に見えてしまいます。日本語同士の比較になるため、英語側で発生した確定(主語・数・確信度)が、比較対象から消えるのです。
逆翻訳が有効なのは、語彙レベルの取り違えの検出だけです。構造の埋めには効きません。
代わりに使えるのは、訳文に「何を確定させたか」を報告させる方法です。
▼ 以下のプロンプトをそのままコピーして使えます
このプロンプトの要点は、訳の良し悪しを聞いていないことです。良し悪しを聞くと、AIは自分の訳を擁護します。「何を確定させたか」は事実の報告なので、比較的安定して返ってきます。
記事内トレーニング|どこが埋められたかを当てる(3分)
次の日本語とその英訳を見て、AIが原文に無い情報を確定させた箇所を3つ挙げてください。
解答
① the samples(複数・特定) — 原文の「サンプル」は数を示していません。複数の特定物として確定しています。1点だけ送る予定なら、この時点で合意がずれます。
② we receive approval(承認するのは誰か) — 原文の「先方の承認」は、相手側の社内承認を指しています。訳文は we receive(こちらが受け取る)となっており、誰の承認かが消えました。once the client approves であれば保存されます。
③ The first one will be free of charge.(何が無償か) — 原文の「初回は無償で対応いたします」は、対応(作業や送付)が無償という意味です。訳文の The first one は直前の samples を指すため、「最初のサンプル1点が無料」と読まれます。無償の範囲が変わっています。
3つとも、英文だけを読んでいる限り違和感はありません。違和感がないことが、この誤訳の性質です。
まとめ
生成AIの英語翻訳はどこで間違えるか。日本語が書いていない情報を、英語が要求する場所です。
- 主語:
IかWeかYouか。責任の所在が変わる。議事録では特に危険 - 確信度と敬意度:推定が断定になる/拒否が留保になる。助動詞だけを拾って照合する
- 数・限定・専門用語:単複と冠詞、「のみ」「原則として」の脱落。原文側から探す
そして、逆翻訳では構造の埋めを検出できません。同じモデルが同じ省略をするためです。検証するなら「何を確定させたか」を報告させます。
翻訳をAIに寄せる判断自体は妥当です。作業時間は確実に減ります。減った時間の一部を、この3点の照合に戻してください。照合は数分で終わり、事故は文書が社外に出たあとでは戻せません。
業務としてどこまでAIに寄せるかの線引きは、ビジネス英語はAIでどこまで代替できるかで扱っています。英文メールに限った検証手順はAIで書いた英文メールは失礼になっていないかを参照してください。
訳文の妥当性を、自分で判定できるようになりたい方へ
この記事の3つのチェックポイントは、英語を書く力ではなく読む力で実行できます。しかし読む力は、放っておくと落ちます。翻訳をAIに寄せた組織で英語力が落ちるとしたら、経路はここです。
判定できる人を残すか、残さないか。これは学習ではなく、組織設計の問題です。
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FAQ
Q. DeepLと生成AIでは、間違え方が違いますか?
A. 違う部分もありますが、この記事で扱った3点はどちらでも起こります。日本語が主語・数・確信度を明示しないという性質は、翻訳エンジンの種類とは無関係だからです。ツールを変えても、検証は必要です。
Q. 専門用語の揺れは、どう防げばよいですか?
A. 用語集を先に渡し、「この対訳から外れないこと」を指示に含めてください。長文を分割して訳す場合は、分割のたびに用語集を渡し直す必要があります。前の指示は次のチャンクに引き継がれないことがあります。
Q. 英語から日本語への翻訳でも、同じ問題は起きますか?
A. 逆向きの脱落が起きます。英語の単複・冠詞・時制が持っていた情報は、日本語では書かなくてよいため落ちます。契約書の英日訳で「1点なのか複数なのか」が読み取れなくなるのは、この方向の脱落です。
Q. 英語の議事録をAIに作らせるのは避けるべきですか?
A. 作らせてよいですが、日本語メモの段階で主語と「決定/検討」の別を書いてから渡してください。訳の精度の問題ではなく、渡す情報が足りていないことが原因です。
Q. 翻訳の検証は、毎回必要ですか?
A. 社外に出る文書と、数字・条件・約束を含む文書は毎回必要です。社内の参考資料であれば、①主語だけの確認で足ります。文書の用途で検証の深さを決めてください。
参考情報
- 日本語の主語省略(ゼロ代名詞)は日本語文法の標準的な性質であり、翻訳時の主語推定はここに起因します
- AI生成物を「領域で切り分けて信用する」考え方は ChatGPTの英語添削は信用してよいか を参照
- 英語の議事録の書き方は 英語の議事録の書き方 にまとめています